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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5207号 判決

原告

大森一夫

右訴訟代理人弁護士

長瀬幸雄

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

被告

朝日火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

田中迪之亮

右二名訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀井敬一

西内岳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告安田火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告朝日火災海上保険株式会社は、原告に対し、金七九九万五一九七円及びこれに対する昭和六一年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  保険契約の締結

(一) 原告は、被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)との間で、昭和五八年一一月四日、被保険者を原告とし、保険期間を同月六日から同月九日までとする海外旅行傷害保険契約を締結した(以下「本件第一保険契約」という。)。

(二) 原告は、被告朝日火災海上保険株式会社(以下「被告朝日火災」という。)との間で、同月五日、被保険者を原告とし、保険期間を同月六日から同月九日までとする海外旅行傷害保険契約を締結した(以下「本件第二保険契約」という、本件第一保険契約とあわせて「本件各保険契約」という。)。

(三) 原告と被告らとの間の本件各保険契約には、いずれも手指の拇指を指関節以上で失つたときには、金一五〇〇万円を後遺障害保険金として支払う旨の約定がある。

2  保険事故

(一) 原告は、昭和五八年一一月六日から台湾旅行に出発し、同月九日、台北市内のホテル天成大飯店の自室において、食事のため買ってきた鳥肉を切っていたところ、誤って自らの左拇指を末節より切断する傷害(以下「本件傷害」という。)を負った。

(二) 原告は、同月九日、台湾大学医学院付属医院において、切断した左拇指の接合手術を受け、右切断部分をつなぐことができたが、左拇指廃用の後遺障害を負った。

よって、原告は、実際に自己に生じた損害の額である金二二九九万五一九七円(逸失利益金一九一九万五一九七円、慰謝料金三八〇万円)の限度で、被告安田火災に対して金一五〇〇万円、被告朝日火災に対して金七九九万五一九七円及びこれら各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月七日から各完済に至るまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

三  抗弁

1  保険契約の解除

(一) 原告は、本件第一保険契約締結後、本件第二保険契約を締結した際に、被告安田火災に対し、海外旅行傷害保険普通約款(以下「本件約款」という。)第一一条第二号に定める通知をしなかった。そこで、被告安田火災は、同約款第一四条第一項に基づき、原告に対し、昭和五八年一二月二〇日到達の書面で本件第一保険契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 原告は、本件第二保険契約を締結した際に、被告朝日火災に対し、本件第一保険契約について故意または重大な過失によって本件約款第一〇条第一号に定める告知をしなかった。そこで、被告朝日火災は、原告に対し、昭和五八年一二月二〇日到達の書面で被告朝日火災との間の保険契約を解除する旨の意思表示をした。

2  原告の故意による免責

(一) 本件約款第三条第一項第一号は、「保険契約または被保険者の故意」によって生じた傷害に対しては、保険金を支払わない旨を定めている。

(二) 本件傷害は原告の故意に基づくものである。

近時激増している保険金目当ての作為的事案には、飛び込み契約、新規契約、高額契約、重複契約、不告知・不通知、目撃者のない自損自傷事故、傷害態様の不自然さという共通した特徴が認められるところ、本件ではこのすべてを満たしている。即ち、本件各保険契約は、いずれも飛び込み契約で、かつ海外旅行傷害保険としては最高限度額の保険金額金七五〇〇万円で加入していること、合理的な理由もないのに被告両社に重複して同種の海外旅行傷害保険に加入していること、他社に加入したことについて、これまでの加入の経験から保険会社が重複契約に注意していることを知っているのに不告知・不通知であること、事故は自損事故で目撃者がいないうえ、ホテル内の事故であるのにホテル側には事故についてのなんらの通知もなく、当該室内にはなんらの痕跡もなかったこと、また、菜刀(台湾で一般的に使われている包丁)などを買う観光客はいないし、鳥肉を切るのに菜刀のようなものを使う必要性も乏しいこと、拇指の切断面は、一回で見事に切れており、丸い感じの鳥肉を切るのに刃先がスライドもせずに指に当たるのは不自然であることなどである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告らがその主張の理由によりその主張の日時にそれぞれ本件各保険契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、右解除はいずれも無効である。

保険約款上重複保険契約につき告知義務違反がある場合に契約解除を認める文言がある場合でも、保険契約者が不法な保険金の取得の目的をもって重複保険契約を締結するなどその保険契約を解除するにつき公正かつ妥当な事由がある場合に限り解除ができるにすぎないと解するのが相当であるところ、本件の場合、原告が重複して保険契約を締結したのは、原告が被告安田火災にて保険の申込みをした際、応対に出た担当者が老人で極めて頼りない感じを受け、不安を覚えたため、さらに被告朝日火災の保険にも加入することとしたにすぎず、保険金を不正に取得しようといった意図は全くなかった。

2  同2の事実のうち、(一)は認め、(二)は否認する。

原告が店頭で契約を申し込んだのは近く身を固めるという時期であり、空港で契約している時間がない場合を考慮して確実な方法を取ったにすぎず、重複して保険契約を締結した理由は前項に述べたとおりであり、客観的にみても原告が本件傷害により蒙った損害は一つの保険の保険金額である金一五〇〇万円を超えているのであるから、重複して契約した事実自体が不当なものではない。また、原告が鳥肉を上から叩くようにして切ろうとしたところ誤って手元が狂ってしまったものであって、何ら本件傷害の態様に不自然な点はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被告らの本件各保険契約解除の主張について判断する。

1  被告らが原告に対し、昭和五八年一二月二〇日到達の書面で、被告安田火災は通知義務違反を理由として、被告朝日火災は告知義務違反を理由として、それぞれ本件各保険契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、本件各保険契約に適用がある本件約款第一〇条第一項には、「保険契約締結の当時、保険契約者またはその代理人が故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について、当会社に知っている事実を告げずまたは不実のことを告げたときは、当会社は、保険契約を解除することができます。」との条項が、同条第三項には、「保険契約申込書の記載事項中、第一項の告げなかった事実または告げた不実のことが、当会社の危険測定に関係ないものであった場合には、第一項の規定は適用しません。ただし、身体の傷害を担保する他の保険契約または特約(以下「重複保険契約」といいます。)に関する事項については、この限りではありません。」との条項が、第一一条には、「保険契約締結の後、次の事実が発生した場合には、保険契約者または被保険者は、事実の発生がその責めに帰すべき事由によるときはあらかじめ、責めに帰すことのできない事由によるときは発生を知った後遅滞なく、書面をもってその旨を当会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。……(2) 保険契約者または被保険者が重複保険契約を締結することまたは重複保険契約のあることを知ったこと。」との条項が、第一四条第一項には、「当会社は、第一一条(通知義務)に規定する事実が発生したときは、その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、書面により保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する通知をもって、この保険契約を解除することができます。」との条項がそれぞれあることが認められる。そして、以上の事実によれば、本件約款上重複保険契約を締結する際には、既に他の傷害保険契約を締結していることを告知すべき事項としており、この点につき告知義務違反があった場合には、危険測定に関係ないものであっても解除することができるものと定められている。

3  ところで、本件約款上、傷害保険契約の締結に際し、保険契約者、被保険者に対し、他の傷害保険契約等の存在について告知する義務を課した趣旨及び保険契約締結後、他の傷害保険契約等を締結する際またはその存在を知ったときに通知義務を課した趣旨は、主として重複保険の締結は、それが不法な利得の目的に出た場合にはもちろん、そうでない場合でも、一般に保険事故招致の危険を増大させることになるから、保険者としては、かかる重複保険の成立を拒絶する機会を確保する必要性があることにある。保険事故招致の危険性は、傷害保険が定額保険であって、被保険者の総取得金額について商法第六三二条のような制限がないことから、損害保険の場合よりも大きいと考えられるし、また、保険事故を被保険者の死亡という重大な結果に求めている生命保険の場合よりも同様に大きいと考えられる。そして、特に海外旅行傷害保険の場合、保険の性質上、旅行の直前に締結され、他の保険に比べると低額な保険料で非常な保険金額の保険に加入することが容易であり、かつ保険事故は海外におけるものであることから国内の場合に比べて保険事故招致の危険性は一層大きく、また故意による保険事故招致の証明は通常の保険よりもさらに困難性が増すということが考えられる。してみると、特に海外旅行傷害保険の場合、故意による保険事故招致については、商法第六四一条及び同旨の保険約款により保険者が免責されていることを考慮してもなお、重複保険を締結する際に前契約について告知義務を課し、保険契約者等において悪意または重大な過失で告知しなかった場合には保険契約を解除する旨定めた本件約款は有効と解するのが相当である。ただ、重複保険を締結した場合の通知義務について、通知義務についての善意、悪意をとうことなく、通知義務違反の場合に保険契約を解除することができるとするのは妥当ではなく、保険契約者において悪意または重大な過失で通知しなかった場合に限り、保険契約を解除することができると解するのが相当である。

4  これを本件についてみると、〈証拠〉によれば、原告は、昭和五八年一一月五日被告朝日火災との間で本件第二保険契約を締結するに際し、同被告に対し、被告安田火災との間で既に本件第一保険契約を締結していることを告げなかったこと及び被告安田火災に対し、被告朝日火災との間で本件第二保険契約を締結したことを通知しなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、本件のように被告安田火災との間で既に傷害死亡・後遺傷害保険金の最高額の保険契約を締結している場合に、被告朝日火災に右事実が告知されていれば、同被告は特段の事情のない限り保険契約を締結しなかったであろうと認めるのが相当であるので、原告の不告知は重要事実の不告知に該当する。

そこで、まず、原告が被告朝日火災に対し、被告安田火災との間で既に本件第一保険契約を締結していることを告げなかったことが原告の悪意、重過失に基づくものか否かついて判断する。

〈証拠〉によれば、海外旅行傷害保険契約申込書には重複保険契約に関する事項についての質問項目があること、原告は今回の台湾旅行の前に一〇数回も海外旅行をしており、そのうち三回くらいは海外旅行傷害保険契約を空港窓口で締結していることが認められ、右認定に反する証拠はない。また、原告自身これまでの保険契約の際に他社に保険金請求をしているようなことがあるか質問されたことがあることを認めており、以上の事実によれば、原告は、これまで海外旅行傷害保険を締結した際には、保険契約申込書の重複保険に関する事項について質問に答え、あるいは自らこれに回答を記載していたものと推認するのが相当であり、これに反する〈証拠〉は措信することはできない。原告は、被告朝日火災との契約締結の際には重複保険に関する事項は話していない旨供述しているところ、仮に右供述のとおりだとしても、原告には悪意少なくとも重大な過失があると推認するのが相当である。

ところで、原告が被告安田火災に対し、被告朝日火災との間で保険契約を締結したことを通知しなかったことが原告の悪意、重過失に基づくものであったことを認めるに足りる証拠はない。

5  以上によれば、被告朝日火災が原告の告知義務違反を理由として本件第二保険契約を解除したことは正当として是認することができるが、被告安田火災の本件第一保険契約解除の効果は認められない。

三〈証拠〉によれば、原告、佐藤勉及び磯貝和男は昭和五八年一一月六日から台湾に旅行に行ったこと、原告は、同月九日午後一時ころ国立台湾大学医学院附設医院急診部に鳥肉を切っているときに左拇指を末節から切断したとして来院したこと、同日午後三時から午後七時四五分まで右切断部位について、動脈一本、静脈二本、神経二本を吻合して接合手術がなされたこと、原告は、翌一〇日午後三時ころ右医院を退院して、同日日本に帰国したこと、同日から横浜市所在の花園橋病院に通院したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、原告は、台湾旅行中の昭和五八年一一月九日に、鋭利な刃物で左拇指を末節から切断する傷害を負ったことが認められる。

四被告は、原告の本件左拇指の切断は原告の故意によるものである旨主張するので、この点について判断する。

1  本件約款第三条第一項第一号が、保険契約者または被保険者の故意によって生じた傷害に対しては、保険金を支払わない旨を定めていることは当事者間に争いがない。

2  前記争いがない事実に、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

原告が、昭和五八年一月一六日に成田空港で契約した海外傷害旅行保険の傷害死亡・後遺障害保険金額は金三〇〇〇万円(保険料金四五二〇円)であったこと、今回の台湾旅行の飛行機やホテルの切符は旅行社を通じてとったこと、被告安田火災との間の本件第一保険契約は、原告が台湾旅行に出発する昭和五八年一一月六日の前々日である同月四日に被告安田火災の横浜支店の店頭に来社して、海外旅行傷害保険のいくつかのタイプについて説明を受けた後、原告の方から傷害死亡・後遺障害保険金額金七五〇〇万円の最高額の保険(保険料金八二五〇円)を指定して契約していること、同日、原告は、会社に帰ってから、会社の同僚に被告安田火災の代理店の担当者が高齢で、保険契約が成立しているかどうか心配だとして被告朝日火災の営業担当者の紹介を受け、翌日同人に保険料八〇〇〇円くらいの海外旅行障害保険に加入したいと電話で申込み、傷害死亡・後遺障害保険金額七五〇〇万円の最高額の保険に加入することとし、かつ保険料は右担当者が立替払をしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、原告は、成田空港で保険契約をする場合には時間がなくなって、保険契約ができなくなることがあるから、保険会社の代理店を訪れて保険契約を締結した旨、また今回の台湾旅行は台湾在住の劉淑之(以下「劉」という。)と婚約するためであり、身を固めるというつもりであったことと、金銭的に余裕があったことから高額の保険金額の保険に加入した旨、さらには被告安田火災の横浜支店において原告の応対に出た担当者の説明がよく分からなくて契約が成立しているか否か心配であったから、被告朝日火災との間で契約を締結した旨、重複して保険に加入すると問題があることは全く知らなかった旨それぞれ弁解している。

しかしながら、原告が空港以外で確実に加入しようとするのであれば、航空券等を購入した旅行社で加入するのが最も一般的と考えられること、今回の台湾旅行の目的が劉と婚約することであったとの点については、〈証拠〉によれば、原告は今回の台湾旅行中に劉と婚約するとして婚約証書を作成したが、劉は水商売の女性で、本件傷害の治療費用約四〇万円を劉の家族に立て替えてもらったが、その後現在に至るまで立替金の返済もしていないし、結婚はしていないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないところ、右認定事実によれば、原告がどれだけ真剣に身を固める気持であったか疑問であること、被告安田火災との間での本件第一保険契約の成否については所定の事項の記載された契約証書を所持しているばかりか、仮に真実契約の成否が心配になったとしても、当該代理店に確認をとる等の方法をとるのが通常であって、右確認等をとることなくさらに同額程度の出費をして同様の保険に加入するというのは不自然であること、またそもそも原告はこれまでも何回も同様の保険に加入しており、原告自身保険内容についてはよく知っていると推認され、仮に説明に不十分な点があれば、その場で問い質すのが自然であることからすれば原告の前記弁解はいずれも直ちに措信しがたいものといわざるをえない。

3  次に、本件傷害の態様及びその後の経過について、原告は、昭和五八年一一月九日午前一一時ころ、宿泊していた台湾のホテル天成大飯店の自室六〇八号の室内で、その日の朝に町で買ってきた鳥肉、それは焼いてあってそのまま食べられる二、三〇センチメートルくらいの長さのものを食べようとして、テーブルの上で、前日に日本で使用しようと思って買ってあった幅が広くて台湾で一般的に使用されている菜刀で、最初は刃を肉にあてて二回くらい引いて切ろうとしたが、うまく切れなかったので、次に叩いて切ろうとしたところ、手元が狂って直接左拇指にあたり、一回で左拇指を末節から切断する傷害を負った。そこで、隣室にいた佐藤を呼び、偶然そこにきた佐藤の友人である徐素真とともに、六階にいたボーイには指に負傷をした旨告げたが、フロントには何も告げずに、そのまま右徐の案内で病院に向かった旨供述している。そして、証人佐藤も、右時刻ころ原告の呼ぶ声がして原告の部屋に入ったら、原告の左手の親指が切れて血が出ており、テーブルの上には皿はなかったが、三〇センチメートルくらいの大きさの手羽のかなり大きなものと包丁がおいてあり、血がテーブル上と床にも少したれていた、まわりの血をふき、包丁をごみ箱に捨てたが、部屋の掃除はせずにそのまま部屋を出た旨証言している。

しかしながら、本件傷害を負った場所について、右の各供述のとおりであるとすれば、六〇八号室には包丁や鳥肉があり、床等に血がたれた状態で、肉を置いたテーブルにも傷跡が残るなど異常な状態であったはずであるが、〈証拠〉によれば、当時のボーイは原告が宿泊していた六〇八号室に何ら異常がなく、かえって女性の友人から原告が手に傷を受け、病院で治療する必要があるのでホテルに帰るのが少し遅れる旨の電話を受けていることが認められること、ホテルの客室内の事故であるにもかかわらずフロントには何も連絡を取っていないことに照らすと、ホテル内において指を切断したとする前掲各供述は直ちに措信しがたい。また、幅の広い菜刀のような包丁をわざわざ買ったとすることも不自然で、かつ鳥肉を食べるのにこのような包丁を使用したとする点、それも通常は骨に沿って容易に肉を切り分けることができると考えられるのに対し、ことさら叩いて切ろうとしている点、鳥肉は丸みがあるところそれを持っていた手のそれも親指だけが一回で見事に切断されている点はいずれも不自然であり、菜刀で鳥肉を切っているときに手元が狂って本件傷害を負ったとする原告の供述も直ちに措信しがたいといわざるをえない。そして、原告は手術費用等約四〇万円を、金がなかったため、劉の家族に立て替えてもらっているが、こうしたときのためにこれまでも何回も海外旅行傷害保険に加入していることを考えると、すぐ保険会社に連絡を取って保険で支払おうと考えることが自然である。

結局、原告は、昭和五八年一一月九日、台湾内のホテル天成大飯店外において、目撃者がない状態で、なんらかの鋭利な刃物によって、左拇指を切断したものと推認するのが相当である。

4 以上によれば、原告が台湾旅行中において、左拇指切断の傷害を負ったこと自体は認められるが、何ら合理的な理由がないにもかかわらず、最高額の傷害死亡・後遺傷害保険金の保険に、しかも重複して加入していること、原告は、重複して保険に加入した理由や受傷態様等につきことさら不自然で信用できない供述をしていること、そもそも本件傷害が目撃者もいないホテル外で鋭利な刃物によって左拇指が切断されたものであること及び弁論の全趣旨によれば故意による事故招致は指の切断の事例が多いことが認められることなども考えあわせると、本件傷害は、原告において他に首肯しうべき受傷原因を説明していないので、被告ら主張のとおり原告の故意に基づいて作出されたものと推認するのが相当である。

五よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の点につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (裁判官揖斐潔)

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